子供の自尊心について

子育て・家庭教育

こんにちは。

5児パパです。

最近、目を覆いたくなるようなニューズが多く流れています。

児童虐待・先生or生徒による校内暴力・悪質ないじめ・兇悪事件など。

これらの背景には”かけがえのない個人(命)”を大切にできない風潮があるのではないかと思います。

 

どんな人間にも、どんな生き物にも、生まれ持っているものがあります。

それが”個人の尊厳”です。

今回の章はそんな”個人の尊厳”を大切にするために必要な「子供の育成環境」について、私なりの考えをお伝えしたいと思います。

 

 

子供の自尊心

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命を大切に想うこと

”個人の尊厳”という言葉だけをとらえると、なんだか難しい特別なことのように感じるかもしれません。

私なりに思う簡単な解釈は尊厳とは一人一人の持つ命の尊さではないかと思います。

だからこそ尊厳を守るというのは、その生物の命や存在そのものを大切にするということだと思います。

『自分の命を大切にしてくれている』と感じるからこそ、他者の命も大切に想う心情が育まれます。

 

”個人の尊厳”への価値観は、”命を大切に想う”価値観です。

 

そして、”命を大切に想う”価値観が育まれる最初の芽生えは、自分の命を大切にされていることを実感するところからスタートします。

生後間もない赤ちゃんは自力で生命を維持する行動ができません。

親の手に抱かれながらミルクを飲ませてもらったり、オムツを変えてもらったり、命を大切に守られながら育っていきます。

 

そして1歳前後になり、好奇心がより一層芽生えてハイハイをしたり、歩いて移動できるようになると、今度は外的な危険要因が増えていきます。

そんな中でも、親は子供の好奇心を体感的な経験に変えるサポートをしながら、事故や病気などの様々な危険から子供を守ります。

 

親が子供の命を全力で守り、子供を大切にする姿勢を示す。

子供が”自分の存在(命)を大切にされている”と実感できた時に命の尊さを人間的な価値観として身につけることができるのです。

 

このようにして子供は、”守られている”・”大切にされている”ことを実感することで、自尊心=自分の命を尊重しようとする心を抱くことができるのです。

 

 

自尊心を育む

自立心や自尊心が大きくなる年齢になれば、子供の心は次第にナイ―ブな面を現わし始めます。

褒められれば嬉しくなって・・・

有意義な時間を過ごせれば楽しくなって・・・

子供らしい喜楽を単純に表現する一方で、怒られたり、何気ない言葉や態度によって、ひどく傷つく繊細さを持ちます。

そんな年齢期で子供が何かにチャレンジして、うまくいかなかった時。

「どうしてこんな簡単なことができないの!!」

「ダメな子ね!!」

あるいは、子供が親の言うことを聞かなかった時。

「何度同じことを言わせるの!」

「あんたバカなの!!」

親からこんな言葉を浴びせ続けられたら、子供はどんな気持ちになるでしょう?

『わたしってダメな子なんだ・・・』

『どうせボクなんて・・・』

そうやって自分のことを否定的に捉えてしまいます。

 

親は誰しも子供の成功を願います。

けれど成功とは一体どういうことなのでしょう?

挑戦したこと全てが良い結果になることでしょうか?

親の言う通りに子供が行動することなのでしょうか?

 

”成功”とは、子供が経験を通して学ぶことなのです。

結果に関わらず、子供が挑戦しようとする姿勢や経験しているその瞬間こそが子供の成長にとって何より大切で尊いことです。

 

とはいえ子供自身も、”できた”という良い結果を求めます。

それがうまくいかなかった時、挑戦することにネガティブになったり、やる気をなくしてしまうこともあります。

そこで大切になるのが”誉めてあげること”

それは結果に対してではなく、挑戦する姿勢や経験そのもの誉めるのです。

「自分でやろうとしたんだね!エライね!」

「頑張ったね!次はもっとうまくいくよ!」

挑戦するには勇気が必要です。

経験を続けるには忍耐が必要です。

親からのこうした言葉かけによって、子供は自分を肯定的に捉えて次なる挑戦への勇気経験を重ねて上達する忍耐を抱くことができる・・・。

子供に必要な”成功体験”とはこのようなことなのです。

 

子供自身が自分という人間を肯定的に捉えるなかで、子供の自尊心は育まれていきます。

 

 

命への価値観

命を大切にされる実感を通して、命の尊さを知り。

存在を大切にされるからこそ自分を大切に想える。

自分を尊重する心=自尊心は、”自分を大切にされている実感”と”自身の存在や行いの肯定感”によって育まれていきます。

 

逆に成長の過程で”自分が大切にされていない”と感じることが持続的な経験として積み重なれば、子供の自尊心はいつしか歪みをみせてしまう・・・

自尊心=自分を大切にする心が育まれなければ、他人を大切に想う心も育ちません。

 

ここ数年は、子供が被害者になる事件だけでなく、中高生による殺傷事件や小学生が加害者となったいたましい事件のニュースを目にすることが増えてきたように思います。

その背景には尊ぶべき”命の軽視”があるのではないかと私は思います。

 

”命は尊い”。

それは誰もが知っている概念的な知識です。

しかし、どれだけ学校の道徳の時間で命の尊さを説いたとしても、命が大切だと実感できる経験がなければ、それは概念的な知識でしかなくなってしまいます。

人間的な価値観として、”命は尊いこと”を身につける為には最も身近な自分の命への価値観をどう持つかが問われます。

・幼少期からの家庭環境で、虐待や放任される。

・学校生活で教師の体罰やいじめなどを受ける。

そのような自分が大切にされない環境にあれば、自分自身の存在や命を否定されるように感じてしまい、その結果としてや自他共の命や存在そのものを大切に想えなくなってしまうこともあります。

 

”命を尊ぶ”価値観も、”命を軽視する価値観”も、子供の育成環境によって創られていきます。

教育改革を進めるために、学校の教育環境の整備も大切です。

罪を犯した少年に厳罰を加える法改正も考えなければいけないのかもしれません。

しかし根本的に注視すべきことは、全ての子供が自分の命を大切にされていることを実感できる環境をつくることではないかと私は信じます。

 

家庭内暴力やネグレクトなど、子供にとって劣悪で困難な家庭環境を改善する。

”守られている”・”大切にされている”・”愛されてる”。

全ての子供がそう感じられる家庭環境を築く。。。

あるいは、体罰・いじめといった子供の自尊心を傷つける学校環境を改善し、全ての子供が「個性=自分らしさ」を発揮できる教育環境を築く。

 

子供の頃に自分の命を大切に想えるか想えないか、この分岐点でどちらの道に進むかによって、他者の命を大切に想う心情と深く関わりのある道徳心や倫理観に大きな影響を与えるのです。

 

 

まとめ

個人の尊厳とは一人一人の持つ命の尊さ。

それを守る為には誰もが人間的な価値観として、命の尊さを抱く必要があります。

そして命の尊さを実感する最も最初の芽生えは、自分の命についてです。

幼い頃から自分が大切にされているという実感と、自分の存在を肯定的に感じられる経験によって自尊心は育まれます。

幼少期から子供のそうして自尊心が育まれることによって、他人(生き物)の命を尊く感じることができます。

そして、全ての人が”命(個人)を大切に想う心情”を持つことができれば、”個人の尊厳”を大切にできる社会が実現できるのではないかと私は思います。。。

 

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